2年前に母が電話で告げた言葉に、わたしは衝撃を受けました。
思わず絶句するような言葉を受け、一時それが受け入れられずに困惑しました。
ですが思えばこれまでも、母の言葉にショックを受けることが多々ありました。
この記事では過去の母の言葉を思い出し、改めて今の自分でとらえ直す試みをしようと思います。
衝撃を受けた母の言葉

2年前のある日。
母と電話で話していた時のこと。
どういう話の流れだったかは覚えていませんが、母が放った言葉にわたしは衝撃を受けました。
「わたし、子育て失敗しちゃったわね。
育てているときはどんなすごい子になるのか、と思っていたのに」
信じられない。
そんなこと、直接子どもに言う親、いる?
そう思って絶句し、その後どうやって電話を終えたのか全く記憶に残っていません。
この言葉を言われてからしばらくの間、飲み込みにくいものがずっと残っているような感覚がありました。
でも時間が経ち、日常を繰り返すうちに、引っかかっていたものが溶け、ようやくのどを通り抜けました。
今回衝撃的なことを言われたと思ったけど、思えば母の言葉がグサッと心に刺さることはこれまでに何度もあったような気がしました。
この機会に、これまでよく母に言われた言葉を振り返ってみようと思います。
母が放った言葉の数々
「がんばりなさい」
「どうしてそんなことをしたの」
「やめなさい」
「はずかしいわよ」
「子どものくせに口答えしないの」
「ちゃんとしなさい」
きゅっと緊張したような面持ちで、放たれた言葉たち。
日常的に、何度も言われてきた、言葉たち。
これらの言葉を聞きながら育ったわたしは、行動する時や選択する時、頭に母の甲高い声が鳴り響いていました。
わたしに出ていた言葉の影響

小さい頃は、「お姉ちゃんなんだから弟にやさしくしなさい」と母に頬を叩かれたり、物置に閉じ込められたりしていました。
だからか、わたしの頭の中には『お母さんに怒られたらどうしよう』という考えが常にありました。
小中学生の時は、「マンガなんて読んでないで勉強しなさい」、「絵なんて描いていないで勉強しなさい」と言われていました。
あまりにも言われるのでマンガを読むのも絵を描くのも親の目を盗んでするようになり、親の足音が聞こえると隠すようになっていました。
社会人になって、仕事が終わるのが24時を過ぎてしまったとき、うっかり「どうしよう、お母さんに怒られる…」とつぶやいたら、職場の人にびっくりされたことがありました。
結婚し実家を離れて夫と暮らすようになっても、母の存在が少し弱まっても、まだ重さが残っていました。
「実家の近くに空き家ができたから引っ越して来なさいよ」という母の勝手すぎる言動に、揺らいだりもしました。
言葉の印象は「支配」
改めて振り返ってみると、母の言動とわたしの反応は、度が過ぎていたと思います。
今のわたしには、母が放っていた言葉は、かなり支配的なように感じます。
そして、それに対するわたしの反応には、過度な緊張と怯えが見て取れます。
直接目の前の母から言われるのも相当大きなインパクトがあったと思うし、離れていても母の声が脳内で鳴り響いていたのだから、常にかなり緊張していたことでしょう。
母から離れることによって得た静けさ

決定的だったのは、移住でした。
変な言い方かもしれませんが、母の念が及ばない場所まで離れた。
それによって、はじめて、母の声がしない、安心できる場を得ることができたように思います。
「最近以前に比べて頭の中が静かだ」と感じているのは、あの甲高い母の声が響いてこなくなったからでしょう。
たぶん、わたしは、変わったんです。
わたしが変わったからこそ、母はあのような発言をしたのだと今思っています。
言葉の捉え直し
過去に起きた出来事は変えられませんが、それをどう受け止めてどう活かすかは、今からでも選択することができます。
だから、衝撃的だと感じた母の言葉を、もう一度今の自分で受け止めてみます。
「わたし、子育て失敗しちゃったわね。
育てているときはどんなすごい子になるのか、と思っていたのに」
この言葉、今のわたしには、こう聞こえます。
『なんだ、もうわたしの言うこと聞かないのね。期待はずれだったわ』
わたしを縛ることへの諦め。
そう解釈して、わたしは次に進むことに決めました。
まとめ『母からの卒業』

わたしは今、こう宣言したい。
「わたし、母から卒業します」と。
わたしは今新しい学校に通っていて、毎日バタバタと過ごしている。
前に通っていた学校のことはたまに思い出す程度。
母とはそういう距離感でいようと思います。
新しい学校…今の場所で、日々を生き、目の前の人を大切にし、今の環境を楽しみたい。
わたしの人生を、そういう方向に舵を切っていくのです。



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