実母と離れることで気づいた4つの思考の偏り

家族

移住することを決めるときに一番心にひっかかっていたのが、実母のことでした。

たくさん悩みましたが、それでもあの時母と離れることを選んでよかった、と今は思っています。


物理的に母と離れたことにより、わたしの中にある母に対する考え方が偏っている、ということに気づきました。

それまで近すぎて見えなかったものが、距離を置くことで見えるようになったんです。


今回は、母と離れることで気づいたわたしの4つの思考の偏りについて、お話しします。


移住前の母子関係


まずはじめに、わたしが移住する前の、実母との関係についてお話しします。


実家の家族構成



わたしの実家は当時住んでいたところから電車とバスで1時間くらいの場所にあり、同じ市内でした。

なので、行こうと思えばいつでも行けるような距離感でした。


実家には両親が二人で暮らしていました。

弟は実家の最寄り駅の近くで、一人暮らしをしていました。


母は10年ほど前に患った脳内出血の影響で左半身がマヒになり、リハビリのおかげでなんとか日常生活はおくれるものの要介護の状態です。

父は母の病院の送迎や食事の用意をしつつ、ずっと仕事を続けていました。


わたしは子どもが生まれるまでは2週間に1回くらいのペースで実家に行き、母の手伝いをしていました。

でも、子どもが生まれてからは子どもにかかりっきりになり、母の手伝いまでは手が回らなくなっていました。


それでも、頭の片隅で常に母のことを気にはしていました。


わたしの移住、父の単身赴任


そんな中で、わたしの移住の話が持ち上がりました。


しかも、時を同じくして、なんと父の海外出張の話まで出てきたのです。

家の中を歩くのもやっとな母を父は連れていけないと判断し、単身赴任すると言いました。


要介護の母が、一人暮らしになる。


そのことがわたしを悩ませました。


出口の見えない悩みや不満



『本当に母が一人で暮らすことなんてできるのか?』

『こんな状態の母を置いて遠くに行くなんて、ひどい娘じゃないだろうか?』

『このまま移住を決めて、本当に後悔しないだろうか?』


そんなことを何日もぐるぐると考えていました。


『なぜ父は要介護の母を置いて海外に一人で行ってしまうのか?』

『父は母が心配じゃないのか?』

『父は母より仕事の方が大事なんじゃないか?』

『近くに弟が一人で暮らしているんだから、母と暮らせばいいのに…』


父や弟に対して不満がむくむくと湧きあがりました。


悩みや不満を抱え、自分の考えをなかなか決められず、頭がモヤモヤでいっぱいになっていました。


1つだけ大事なことを選ぶと決めた


何度も何度も考えて…そして

「一つだけ大事なことを選ぶんだとしたら、今の自分の家族を一番大事にしたい」

と思い、移住する決断をしました。


離れることで気づいた4つの思考の偏り


実際に移住してからも、母に関するモヤモヤはなくなりませんでした。


モヤモヤする気持ちを変えたくて、モヤモヤの理由を知りたくて、親子関係に関する本を読んだり動画を見たりして学びました。

知識が増え、自分の内面を知るワークを進めるうちに

『わたしの母に対する思考には偏りがある』

と気づきました。


その思考の偏りは、4種類ありました。


「わたしが何とかしなきゃ」


思考の偏りの一つ目は、母のことを「わたしが何とかしなきゃ」と思いすぎてい、ということ。

母が困ったときはまずわたしが動いて助けてあげなければならない、とずっと無意識に思っていました。


離れたことで「そう思っている」ということに、気づくことができました。


「母の言うとおりにしなきゃ」


思考の偏りの二つ目は、「母の言うとおりにしなきゃ」と思いすぎてい、ということ。


子どもの頃から「○○しなさい」と母から言われ続けていたせいか、言われたことをそのままやることが当たり前になっていました。

反対して母が不機嫌になる方が面倒なことが分かっていたので、わたしの意に反することでも母の言うとおりにしていました。


でも、わたしはもう大人だから自分で判断できるし、自分で決めていいんだと気づいたんです。


「母の役にたたなきゃ」


思考の偏りの三つ目は、「母の役にたたなきゃ」と思いすぎてい、ということ。


子どもの頃から「お姉ちゃんだから〇〇して」と母から言われることが多かったです。

母から頼られて頼まれごとをやって、母の役に立ったら、自分が認められたような気持ちになっていました。


でも、今はわたしも母親だし、いつまでも「お姉ちゃん」として役に立とうとすることに違和感を感じました。

そして、もう母の役に立って認められなくてもいいや、と思うようになりました。


「わたしの好きなお母さん」


思考の偏りの四つ目は、「わたしの好きなお母さん」という視点をずっと持ち続けてい、ということ。


母をずっと子どもの頃から見ている視点で見続けていました。

わたしの頭の中にある「わたしの好きなお母さん」像にずっと囚われていたんです。


けれど、一旦離れることで母という人間を一人の他人として見れるようになりました。


そうすると、性格や行動などわたしの好みではない側面を発見し、盲目的な「わたしの好きなお母さん」という視点から冷静になれました。


母ってこんな人間だったんだ、と目からうろこが落ちるような思いをしましたね。


まとめ



あのまま近くに住んでいたら、母に対する気持ちをどうにかしようと学ぶこともありませんでしたし、自分の持っている思考の偏りに気づくことはできなかったでしょう。

もし気づいたとしても、頻繁に母と会うことで気づきがリセットされていたかもしれません。


そして思考の偏りを持ったまま母のそばに居続けていたら、きっと未来に母のことでもっと苦しむことになったと思います。


このブログで何度も「わたしはわたしを生きる」といったことを書いていますが、母側に偏った自分の思考をまっすぐに戻すことで、より「わたしを生きる」ことができるようになりました。


だから、離れて「よかった」んです。


この記事を読むことで、「わたしも母親に対する思い込みがあるかも…」とドキッとされた方がいらっしゃるかもしれません。

参考にわたしの気づきのきっかけになった本を、2冊紹介しますね。


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恋愛をテーマにしていますが、親子関係について深い気づきを与えてくれる本です。

紹介されているワークをやってみることで、母親だけでなく父親に対して持っていた思い込みにも気づきました。



「脳内の親」をテーマにした本です。

思い込みの例と思い込みによる行動が多く紹介されているので、自分を当てはめて想像しやすかったです。

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